映画「怪物園」の感想と差別と忖度について

ムビメシュラン評価4
障がい者が俳優として活躍する作品

 「フリークス」のタイトルでも知られています。多くの身体障がい者が出演し、公開当時に物議をよんだ作品です。見慣れない姿の登場人物に初めは驚きます。しかしサーカスというコミュニティの中で友人を作ったり、恋愛をしたりする人間としての当たり前の姿に徐々に目が慣れてきます。最も恐ろしいものは人の外側ではなく内側にあるものだと気付かされる映画です。前半は特に展開もやや緩慢で、映像も古いので最後まで観る元気のあるときにトライするのをオススメします。映画そのものとしての評価は3としたいところですが、多くの方が観るべき貴重な作品だと思ったので4としました。

「怪物園」の作品情報

<日本公開年月日>
1932年11月
<スタッフ>
・監督:トッド・ブラウニング
<出演>
ウォーレス・フォード
リーラ・ハイアムス
ハリー・アールス
<あらすじ>
 フランスのサーカス団の団員である小人症のハンスは同じく小人しょうのフリーダと婚約していましたが、美しい容姿のクレオパトラに恋をしてしまいます。クレオパトラは恋人のヘラクレスとハンスを殺害し、ハンスの財産を横取りしようと企みます。

 

このシーンいただきます!

 本作品には食事シーンはありませんでした。

 

「怪物園」にコメントする勇気

 この映画に対する様々な方の感想を読みました。その勇気に倣って私も批判を恐れずに率直な感想を書こうと思います。

異質なものに対する拒否感

 次から次にでてくる“奇形”や“異形”とよばれる人たちの姿に正直初めはギョッとしました。特にお腹あたりまでしか肉体がなく腕を使って歩くハーフボーイは内臓がどこまであるのか気になって仕方がありませんでした。それぞれの容姿を元にしたブラックジョークもところどころ登場しますが、笑っていいものかどうか戸惑いました。「差別表現」を極端に恐れる現代の日本のテレビではまず絶対に見られないシーンでしょう。

「差別」とは何か

 しかし彼らが自らの容姿を自虐ネタとして笑いを取ろうとすることは果たして差別表現なのでしょうか。差別とは特定の人や団体に対して特別扱いをしてそれによって不利益を生じさせようとする行為です。本作品で出演者に不利益が生じているとは思えません。それに肥満体型や頭髪が薄いことで笑いを取っている芸能人はたくさんいます。それと何が違うのでしょう。本当に不適切なのは彼らプロフェッショナルの真似をして素人が素人を笑い者にすることなのではないでしょうか。

余計な忖度が差別を生む

 障がい者のスポーツは近年かなりポピュラーになり、パラリンピックの人気も上昇しています。しかし一方で演芸や芸能の場面では障害者の姿はほとんど見かけなくなりました。もちろん人権を損なうような表現や技法は排除されるべきですが、余計な忖度が彼らの活躍の場を奪っている可能性もあるのではないでしょうか。

ハンスやフリーダに悲壮感はなかった

 少なくとも本作品の出演者からは障がいを持っていることに対する悲壮感や負い目は感じられず、プライドを持ってプロとして生き生きと演じているように見えました。一人一人に個性があり、生き方もそれぞれです。区別するのでもなく、忖度するのでもなく、それぞれが自分らしく生きることの意味を考えさせてくれる作品でした。

 

2020.2.1 むびめしこ

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