歌舞伎「風の谷のナウシカ」はなぜ実写映画化や現代劇化ではなかったのか

「風の谷のナウシカ」の歌舞伎化

 今日は映画ではなく舞台についてです。 
 「風の谷のナウシカ」が数ある表現技法を差し置いて歌舞伎化されるという話を聞いたとき、驚きよりも納得したという気持ちが大きかったのを覚えています。実際に舞台を拝見してその納得が間違いではなかったことを確信しました。

大のナウシカファンも満足

漫画版もアニメ版も何十回、何百回と読み解いた大のナウシカファンの私が、歌舞伎という全く異なる世界で表現された舞台になぜここまで心を揺さぶられたのか考察してみようと思います。まだご覧になっていない方のためにネタバレは避けますのでご安心してお読みください。

時代がテーマに追いついた作品

 そもそも「風の谷のナウシカ」はハリウッドからも実写映画化のオファーがあったくらいですから、その脚本と世界観は世界中の語り手にとって魅力的であることは間違い無いでしょう。我々人間が遺伝子を操作し、生殖をコントロールする技術を手に入れた今、ナウシカが語る「どのように生まれたとしても生きるものは全て尊い」と語るテーマはようやく時代が今作品に追いついたようにさえ感じます。空中での戦闘や未知の植物と蟲がうごめく腐海、ナウシカの精神世界での自問自答など創作意欲を駆り立てられそうなシーンが満載の物語ですが、宮崎駿監督がOKを出したのは実写映画化でも現代劇化でもなくなんと歌舞伎化だったのです。

 

舞台はナマモノ

 映画が何度も撮り直してうまくいったシーンを切り貼りすることで完成された作品を観客に提供するのに対して、舞台はナマモノです。俳優はもちろん、音響、舞台転換、衣装などその世界の全てが観客の目の前で作り上げられます。観客はその技に拍手で応え、劇場全体が一つになる盛り上がりをその場にいる人全員と共有し、時にその熱狂は俳優自身に届きます。この盛り上がりの相乗効果が起こる舞台では観客は時間と場所を忘れて舞台にのめりこみます。本当にその世界に入り込んだような錯覚に陥る体験はナマモノである舞台ならではでしょう。

 

限られた表現技法

 昨今のCGの技術の進歩はめざましく、宇宙で繰り広げられる戦闘や魔法学校など想像を超えた世界をまるで実物のように見せてくれます。一方舞台芸術は使用できる表現技法だけでなく空間も限られており「実物のような」世界をそこに生み出すことは困難です。そこを補うのは観客の想像力です。2階や3階の席でも俳優の表情や顔に滴る汗までもが感じられる気がするのはまさにこの想像力がなせる技の一つと言えるでしょう。表現技法が限られているからこそ、それを補う観客のイマジネーションが無限の可能性を解放するのです。

 

なぜ古典技法なのか

 かといって極端に装飾を排除したアングラ演劇のように真っ黒な舞台に裸で演技をすればいいのかと言われればもちろん違います。観る者の心を動かし、イマジネーションの力を最大限に発揮させる表現方法を人々は模索し続けてきました。歌舞伎が今日の時点で最も多くの人に受け入れられている表現技法であることは時間が証明しています。出雲阿国が歌舞伎を始めた頃には今で言うところのモダンアートのように斬新なものだったはずです。それが飽きられることなくブラッシュアップし続けられ、500年近く経ったがために「古典」と呼ばれるに至ったのです。「古典」と言う言葉をただ単に「古い」という点ではなく「古くから愛され続けている」という線として捉えれば今の時代の物語が「古典」で表現されることに違和感はなくなるはずです。

                                                                                                        

ナマモノの怖さ

 実際に舞台を拝見し、冒頭から号泣しっぱなしなくらい感動した本公演でしたが、一方でまだまだブラッシュアップの余地があることもたくさん感じました。一番はやはり主演の尾上菊之助さんのケガです。舞台はナマモノですのでこのようなハプニングもつきものでそこが醍醐味でもあります。しかし準備してきたものを全て出し切ることができないのはご本人も大変辛いでしょうし、お怪我以降の公演日に拝見した私はカットされたシーンが観られないのが非常に残念でした。演出だけでなく安全面も準備万端にするべきであったでしょう。それに伴う場面転換にも多くの変更があったのか、幕引きさんのミスなどもありました。そしてナウシカの登場シーンが大幅にカットされたためなのかもしれませんが、ナウシカ自身の諦めや葛藤、それに伴う成長がやや十分に描ききれていないのが残念でした。

 

再び観客と作り上げる

 舞台は出演者が観客と共に作り上げると書きましたが、それは上演中に限った話ではありません。今回の至らなかった点を改善し、さらにブラッシュアップされた「風の谷のナウシカ」を待っています。必ず観に行きます。そしてそれが何年、何十年、何百年と繰り返されいつか「風の谷のナウシカ」が「古典」と呼ばれるようになれば、その初演を観たことが私にとっても宝物となるでしょう。

歌舞伎「風の谷のナウシカ」の作品情報

<上演>
2019年12月
<スタッフ>
・原作:漫画「風の谷のナウシカ」宮崎駿
・脚本:丹羽圭子 戸部和久
・演出:G2
<出演>
尾上菊之助
中村七之助
尾上松也
坂東巳之助
尾上右近
<あらすじ> 
 ユーラシア大陸で興った巨大な産業文明は火の七日間と呼ばれる戦争によって滅んだ。大地は腐海と呼ばれる有害な胞子を吐き出す森に覆われ人々は僅かに残された土地で長い黄昏の時代を生きることとなった。しかしそこでも人間は争いを止めることなく、風の谷も戦争に巻き込まれていく。

 

最後に
 菊之助さんのナウシカリベンジ、七之助さんのクシャナ、松也さんのユパ様、巳之助さんのミラルパとナムリス、どれもこれももう一度観たいです。絶対絶対に、再演おねがいします!!

2020.1.30 むびめしこ

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