映画「セブン」の評価と感想と食事シーンからの考察

ムビメシュラン評価 
負けるが勝ちのクリミナルサスペンス作品

 冒頭のクレジットから一気に物語の世界に引き込まれます。舞台は暗く汚く、他人に構っている余裕はなく人の温もりの感じられない街です。いつまでも降り続くかのような雨のシーンが続き、疲れ切ったように見える人々からはこの街全体の感情が伝わってきます。非常に疲労感と絶望に包まれる作品です。この後にもう一本軽いコメディをお口直しに観られるような時間に余裕のある日に観るのをおすすめします。

 

作品情報

<タイトル>
セブン
<日本公開年月日>
1996年1月
<スタッフ>
・監督: デヴィット・フィンチャー
<出演>
ブラッド・ピット
モーガン・フリーマン
グウィネス・パルトロー
ケヴィン・スペイシー
<あらすじ>
 若く感情の赴くままに行動しがちなミルズ刑事と定年退職を1週間後に控えたサマセット刑事が「7つの大罪」に沿った殺人事件の捜査に乗り出し、そして自身も巻き込まれていきます。

 

このシーンいただきます!〜腐敗した街中でのささやかな幸せディナー〜

 今日切り取るのは、サマセット刑事がデビット・ミルズ刑事宅に招かれ、ミルズの妻トレイシーと3人で食事をするシーンです。ミルズ夫妻の馴れ初めが高校時代であることや、妻が食事の準備をしている間に犬と戯れる夫、「平凡な暖かい関係」が描かれます。ところがこの家、地下鉄が通るたびに地震のように家全体が揺れます。ミルズ夫妻は気まずそうに不動産屋に騙された旨を話しますが、サマセットはこらえきれない様子で大笑いします。この街に長く住むサマセットからすれば「ようこそ、このどうしようもない街へ」という気持ちだったのかもしれません。欠陥住宅がまかり通り、不動産屋はそれを隠し巧妙に商売をする。サマセット自身は理性的でトレイシーも後に人生相談を持ちかけるような信頼に値する人柄ですが、この街に長く住んだためなのか5分ごとに地震が訪れるこの家の事情も笑い事のようです。サマセットにつられてミルズ夫妻が笑ってしまったこの時が、この街の汚い不条理を受け入れ、事件に巻き込まれていく運命へのターニングポイントだったのかもしれません。

人間の根底にある罪悪感

  聖書やダンテの「神曲」など、古典文学に沿って事件が繰り広げられる映画は多くあります。自分が抱える葛藤を古典文学になぞらえて、古くからある悩み(罪)なのだと正当化し、犯罪の動機を他者になすりつけるのはこれらの犯人の常套手段です。この手の作品に惹きつけられるのは、我々の心の中にこれらの根源的な葛藤が潜んでいるからなのかもしれません。それを2000年以上前に文書化したのが聖書であり、今日に至るまで不動の大ベストセラー本であることに改めて納得します。 
 なにげなくこの話を母にしたところ「日本でも万葉集や古事記に沿ったドラマがたくさんある」と言われました。日頃洋画や海外ドラマばかり見ている私ですが、日本の2時間ドラマに興味が湧いた瞬間でした。

2020.1.23  むびめしこ

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です